心理的安全性の高いチームのつくりかた
最近、「VUCA(ブーカ)」という言葉を聞く機会が増えました。VUCAとは「Volatility(変動性)」と「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった言葉で、将来の予測が難しい状態を指します。現に、外食業界も、人件費や原材料費、家賃といったコストが上昇し、これまでの成功方程式が通用しなくなり、先の読めない時代となりました。正解はもちろん、進むべき方向性も決めづらくなり、トップダウンのマネジメントに限界を感じている人も多いのではないでしょうか。
そうした背景を受けて、最適解を見つけるため、従業員の多様な価値観を意思決定に反映させる動きが活発化しています。その流れで関心を高めているキーワードが心理的安全性です。コロナ禍の急速な社会環境の変化を受けて、心理的安全性が保たれたチームづくりを行う飲食店が増加しています。しかし、急速に関心が高まっているため、言葉だけが一人歩きをしてしまい、本来の意味とはかけ離れた使い方をされているケースも散見されます。
正しく把握して、心理的安全性のあるチームを作ることができたら、お店の成長に大きな効果を発揮してくれます。ぜひ理解を深めていきましょう。
そもそも心理的安全性とは何か
心理的安全性は心理学用語です。1999年に、組織行動学の研究者で、ハーバード・ビジネススクールの教授でもあるエイミー・C.エドモンドソンが提唱しました。同氏の書籍『チームが機能するとはどういうことか』(英治出版)と『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版)は日本でもベストセラーとなったので、読んだことのある人もいるでしょう。
もともと心理的安全性の重要性が明らかになったのはGoogleで行われた調査です。そこで高いパフォーマンスを発揮するチームに共通する要因を追究し、四つの要素が明らかになりました。それが「明確な目標」と「頼れる仲間」「個人的に意味のある仕事」「その仕事に影響力があるという信念」です。しかし、それらが備わっていればいいわけではなく、大前提として、「心理的安全性」が土台になければ、うまく機能しないことが分かりました。
高い心理的安全性を実現するポイントは「言いたいことを言える」「疑問を口に出すことができる」「発言する義務を負っている」の三つです。もし言いたいことが言えなかったり、気軽に疑問を呈することができなかったりすると、致命的なミスを犯すまで組織が突き進んでしまいます。また、発言する義務を負っていないと、重大な懸念に気づいたとしても「まあいいか」で済まされてしまう可能性が高いでしょう。つまり、率直に話せる環境がスタッフの主体性を刺激し、新たなイノベーションが生まれやすくするということです。
その意味で、心理的安全性はチームに備わっていると“ベター”なものではなく、変化の激しい時代に“マスト”で備わっていなければならない要因です。心理的安全性が高いと、イノベーションを生み出す組織に生まれ変われるだけでなく、離職率が低下したり、生産性が高まったりします。VUCA時代に勝つチーム作りに必須の要因といっていいでしょう。
仲が良い=心理的安全性が高いではない?
心理的安全性と聞いて、「うちは仲がいいから心理的安全性が高い」と思う人もいるでしょう。しかし、残念ながら心理的安全性の高さと仲の良さには相関関係がありません。むしろ仲が良いチームでは、「空気の読めない人と思われたくない」という心理が働き、何か疑問に感じても口に出さないケースがあります。それがチームとして間違った方向に突っ走ってしまう危険性につながるので、必ずしも仲が良ければいいというわけではありません。
心理的安全性を高める目的は、競争力の向上につながるようなイノベーションを生み出すため、互いに気兼ねなく発言することです。それを実現するには、各自が思ったことや疑問に思ったことなどを、まずテーブルに並べないといけません。しかし、言いたいことを言うといっても、どんな発言でも許されるわけではないので注意が必要です。発言はあくまでもヒトではなく、コトにフォーカスしなければなりません。もし批判が人に向くと、「気合が足りない」などの精神論に陥り、何も生み出さない議論になってしまいます。具体的な事実に基づいて、言いたいことを言い合うことで、イノベーションにつながるアイデアが生まれるのです。

間違いを積極的に歓迎し、小さな成功体験を積み重ねよう
心理的安全性が高まると、間違いが増えます。「このまま心理的安全性の高い組織づくりを推し進めて大丈夫だろうか」と不安に思うかもしれません。しかし、これまでは報告されずに埋もれていたミスが報告されるようになっただけなので、むしろ歓迎すべきことです。
心理的安全性は、一人一人の従業員がしっかりと実行して初めて意味を持ちます。実行を継続するには、テーマを決めて、実際に皆で改善を行っていくのが有効です。しかし、テーマが大きいと、建設的なアイデアが出てきません。例えば、「店をよくするにはどうすればいいか?」と聞かれても、「挨拶を元気にする」や「提供スピードを上げる」といった、ありきたりな意見しか出てこないのです。
だからこそ、テーマを小さな要素に分解し、「元気な挨拶をするにはどうすればいいか」「提供スピードを上げるには」といった課題を設定し、皆に、アイデアを出してもらいましょう。その後、出てきたアイデアの中からいくつかは必ず実行をし、その結果を共有します。結果は失敗をでも構いません。うまくいかない方法が一つ分かったと前向きに捉え、そこから微修正を行い、次の実行につなげていきましょう。
ただし、次の挑戦で全く違う方法を試してはいけません。どうすれば100点になるかを検証し、積み重ねていく姿勢が重要です。成功体験が自信となり、心理的安全性の高い組織づくりにつながっていきます。まずは小さな成功体験から積み重ねて、強いチームをつくっていってください。

最後はオーナーや店長の意識次第
心理的安全性を高めるには、最終的に店長をはじめとしたリーダーのマネジメントスタイルが重要です。スタッフを監視・監督する従来のスタイルから、彼らの活躍をサポートする姿勢に変え、率直に話をしても対人関係のリスクがないと思える環境を整えていきましょう。
心理的安全性が高くないと、店長をはじめとしたリーダーの顔色を伺った報告しかされません。その結果、「うちの店はうまくいっている」と勘違いしてしまう人も多いです。しかし、実際は致命的な失敗があるまで、数々のミスが見て見ぬふりされているだけです。そもそもスタッフの仕事は店長をはじめとしたリーダーを喜ばすことではありません。お客様を喜ばせて、感動を与え、また来店してもらうのが一番の仕事です。
心理的安全性を高めるため、まずはリーダーが「自分が失敗のプロだ」と明言することが効果的です。リーダーは自分が失敗すると、スタッフからの信頼をなくすと考えてしまうでしょう。しかし、自分は全ての答えを持っているわけではないという姿勢を示すと、スタッフはリーダーに対する信頼感は高まります。その結果、チームの学習意欲が高まり、パフォーマンスのレベルも上がるので、ぜひ勇気を出して実行してみてください。