CXとDXの深い関係から次世代の経営を学ぶ

コロナ禍以降、外食の絶対数が減っています。特に居酒屋を中心としたアルコール業態は、コロナ禍前の19年比で80%前後の売上が常態化し、以前のような市場規模に戻ることはないというのが一般的な見方になってきました。実際、1回転目は満席になるものの、2回転目、3回転目の需要の減少に頭を悩ます居酒屋は少なくありません。インバウンド需要の高まりで、ファストフードなどの業態は好調です。しかし、歴史的な円安を受けた値上げラッシュで、国内では節約傾向が高まっているため、今後しばらくは外食需要の盛り上がりはあまり期待できないでしょう。

そうした背景もあり、一回の外食の希少性が高まり、飲食店に対する期待値は上がっています。コロナ禍以降、行く価値のあるお店にしか行きたくないという人が増えた結果、予約をしてから来店するお客様が増えているというデータもあるほどです。つまり、ここでしかできない体験を提供できるかどうかが、集客の生命線になっていると言い換えることもできるでしょう。

こういった流れの中、重要性を増しているのが顧客体験価値に他なりません。顧客体験価値はCustomer Experienceの頭文字をとって「CX」と略されることもあります。とはいえ、顧客体験価値の提供は一朝一夕にできるものではありません。しかし、それをせざるを得ない状況に置かれ、多くの飲食店が顧客体験価値の向上に注力するようになりました。そのとき、キーワードになるのがDXです。それについて触れる前に、まずは顧客体験価値とは何かについて解説をしていきます。

安売りはCXの向上には結びつかない?

顧客体験価値の話になると、「安売りをすればお客様が喜んでくれるので、体験価値の向上になるのでは」と考える方もいますが、残念ながらそうはなりません。

そもそも顧客体験価値を向上させるには「機能的な価値」と「感情的な価値」の二つを満たす必要があります。機能的な価値は製品やサービスの機能・性能、価格などの価値のことです。さきほど例にあげた、安売りも機能的な価値に含まれます。つまり、顧客体験価値の一要素しか満たしていないため、いくら安売りをしてもその向上にはつながらないということです。

もう一方の感情的な価値は、商品やサービスの購入や利用を通して得られる幸福感などを指します。これも同時に満たして初めて、顧客体験価値を向上させることができるのですが、感情的な価値が具体的に何を指しているのか分からない方も多いでしょう。そこで役に立つのが、バーンド・H・シュミット著の『経験価値マーケティング―消費者が「何か」を感じるプラスαの魅力』です。同氏は著書の中で「感情的な価値は5つに分類される」と記しています。その5つは下記の通りです。

①SENSE 感覚的経験価値

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚と、五感を通して得られる価値

②FEEL 情緒的経験価値

顧客の感情に訴えるサービスなどにより生まれる価値

③THINK 創造的・認知的経験価値

顧客の知的好奇心を刺激することで生まれる価値

④ACT 肉体的経験価値とライフスタイル全般

食生活をはじめとしたライフスタイルの変化から得られるポジティブな価値

⑤RELATE 準拠集団や文化との関連づけ

集団に対する帰属意識を持つことで生まれる価値。

機能的な価値の上にこの5つの感情的な価値のいずれかを上乗せできば、顧客体験価値を高めることができるようになるでしょう。飲食店の場合、サービスや料理、ブランディングなどを通して、感情的な価値を向上させていくことになると思います。

ただ、ここで一つ大きな問題にあたります。感情的な価値の向上は、人の手によってしか実現することができないということです。もし、機械で高いサービスや、おいしい料理を実現できたとしても、いずれ真似をされる可能性が高いでしょう。しかし、人の手になると、お客様個々に合わせた提案が可能で、真似されることのないサービスや料理ができるようになります。

「それでは人の手をかけて、顧客体験価値の向上を目指そう」とは思っても、現在、空前の人手不足です。人件費の高騰もあり、十分にスタッフを活用できない飲食店も少なくありません。ここで袋小路に陥ってしまうのですが、それを打開してくれるのがDXです。

DXの実現がCXの向上につながっていく

DXはコロナ禍を契機によく使われるようになりましたが、言葉だけが一人歩きしているのも事実です。そこで、その意味を改めて押さえておきましょう。DXの定義としてよく使われているのが、2018年に顧客体験価値が発表した「DX推進ガイドライン」に記された下記の文言です。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

つまり、デジタル技術の活用だけでなく、そこで収集できるデータも活用し、何らかの変革を起こした上で競争上の優位性を確立することがDXです。この中で重要なポイントになるのが「競争上の優位性を確立」ことに他なりません。冒頭でも説明した通り、コロナ禍による市場環境の変化を受けて、競争上の優位性を作り出す要素は顧客体験価値の向上になりました。逆にいうと、それを実現するため、DXを推進していかないといけないということです。

例えば、人手不足からモバイルオーダーの活用を始める飲食店が増えました。モバイルオーダーを活用すると、お客様のスマートフォンでオーダーをしてくれるようになるので、スタッフはオーダーテイクをする必要がありません。その分、お客様とのコミュニケーションに力を入れられ、そこで差別化を図ることができます。

しかし、大切なのはモバイルオーダーで集めることができるお客様のデータです。これまで飲食店ではテーブル単位での管理が主流で、お客様個々が何をオーダーして、いくら使ったかを把握することができませんでした。しかし、モバイルオーダーを活用すると、個々のお客様の履歴を管理することができます。それを活用し、スタッフが一人ひとりと向き合ったサービスを行えば、よりお客様に大きな驚きを与えられて、お店ならではの特別な体験をしていただくことができるでしょう。

そもそもオーダーテイクをどんなに丁寧に行ったとしても、「あのお店のオーダーの取り方が素敵だったから、また来店しよう」とはなりません。しかし、そうした業務はテクノロジーに任せて、スタッフは個々のデータを生かした特別なサービスの提供に注力すれば、「あの素敵なサービスをしてくれたお店」として記憶に残り、再来店の確率も上がるでしょう。それはそのまま競争上の優位性につながるのも間違いありません。

オーダーテイク以外にも、予約管理や発注、シフト作成など、これまで人が行っていた業務をテクノロジーに任せ、そこで得られるデータを活用することで価値を生み出せる業務はあります。そこでしか体験できない価値に、お金を出し渋る人はいません。その意味で、DXを推進すればするほど、CXも向上していくということができるでしょう。

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