コンセプトを明確化する重要性
コンセプトづくりのヒントがゴーギャンに?
どんな業態にして、どのような料理を提供しようかと考えている時間は、新規開業をする際の楽しみの一つではないでしょうか。実際に営業しているイメージが膨らみ、早く開業をしたいと胸が高まっている方もいるかもしれません。しかし、お店のコンセプトが固まっていないと、せっかく開業をしても成功の確率が下がってしまいます。コンセプトはお店の軸となり、お客様を呼び込むメッセージにもなる、とても大切なものです。開業前に一度立ち止まって、どんなコンセプトにするかしっかりと考えてみてください。
コンセプトを作るとき参考になるのが、フランスのポスト印象派を代表する画家、ポール・ゴーギャンです。彼の作品に『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』という絵画があります。壁画ほどの大きなスケールで描かれたゴーギャンを代表する作品です。その作品名にこそ、コンセプトづくりのヒントがつまっています。 例えば、「我々は何者か」は、「お店の存在価値」=「個性」です。そして「我々はどこへ行くのか」は、「お客様と共に、どういう付加価値を生み出して行くか」ということです。つまり、「我々は何者か」と「我々はどこへ行くのか」という二つの質問に答えることでコンセプトの骨子が出来上がり、それを深めていけば、お店独自のコンセプトをつくりあげることができます。
コンセプトづくりは、メッセージづくり
「我々は何者か」を、お客様に伝えるとき、メッセージが必要になります。確かに、看板メニューはお店のコンセプトを象徴した商品です。しかし、ただ看板メニューを用意しただけでは、お客様にメッセージは伝わりません。お客様の五感に訴えて初めて、お店からのメッセージもしっかりと伝えることができます。
そのとき欠かせないのが、どのようなお客様に来店してほしいのかという具体的なイメージです。ターゲットと言い換えることもできるでしょう。「独立開業を考えているので、そのくらいイメージできているよ」と思う方が大半かもしれません。それでは次の質問に答えらますか?
そのお客様は男性ですか、それとも女性ですか?
年齢はおいくつで、ご結婚はされていますか?お子様はいらっしゃいますか?何人家族ですか?
最終学歴は何で、どこに勤めていますか?
休みの日には何をされていることが多いでしょうか?
服の好みのブランドはどこで、音楽の好みは? 開業前にお客様のことを、ここまでイメージできている方は少ないのではないでしょうか。しかし、ここまで突き詰めることでイメージに意味が生まれます。イメージは、自由な発想で膨らませていただいて構いません。大切なのは、フォーカスを絞って、具体的につくりあげることです。思い描く「お客様像」が明確であればある程、そのライフスタイルや価値観に憧れるファンを生み出し、顧客となってお店を支えてくれることになります。
お客様を具体的に思い描けると、その方のライフスタイルの中のどのシーンで、自分のお店を利用してほしいかというイメージも固まります。「友人と楽しい時間を過ごしてほしい」や「ご夫婦で、記念日の食事につかってほしい」「普段のちょっとした贅沢で」といったイメージまで固まったら、どんな料理を、どのような食器で提供し、BGMは何を流すのか?自ずと決まってくるでしょう。
その一つ一つがお店のコンセプトを肉付けし、メッセージをより明確にしてくれます。コンセプトという軸があるからこそ一貫性が生まれ、ターゲットとなるお客様の五感を刺激する力強いメッセージを発信することができるのです。
ロイヤルホストから学ぶコンセプトづくり
コンセプトは最終的に、一つの言葉に落とし込むことができます。より具体的にイメージが湧くように、「ロイヤルホスト」の例を上げてみてみましょう。
ロイヤルホストのコンセプトは「もう一つのダイニング」です。そのコンセプトには、当時の時代背景が関係しています。そもそもロイヤルホストのロードサイド店の一号店は1971年に福岡県北九州市にオープンしました。その頃、ちょうどファミレスの黎明期ともいえる時代です。1970年に東京都府中市に「スカイラーク(現、ガスト)」が、1974年には横浜市上大岡に「デニーズ」がオープンしたものの、フォークとナイフで食事をする機会が圧倒的に少なく、まだまだ洋食が一般的ではありませんでした。また、当時、家の間取りにやっとダイニングキッチンという概念が入ってきたばかりで、自宅にお客様招いて、おもてなしをする文化がなかった頃です。そうした時代背景を踏まえて、お客様をご自宅に呼ぶようにおもてなしをする「もう一つのダイニング」というコンセプトが生まれ、ロイヤルホストの歴史が始まりました。
ロイヤルホストが描いていたお客様のイメージは、アメリカのニューイングランド出身の方です。金持ちではないけれども、きちんとした教育とマナーを身につけたいわば中流家庭の彼らの自宅で使われるようなインテリア家具や照明器具を使い、あたたかいもう一つのダイニングというコンセプトを再現しています。コンセプトが細部まで徹底されていて、それは食べ方にまで及んでいます。中流家庭である彼らは、肘をテーブルについて食事をしたりしません。しっかりと背筋を伸ばして、マナーを厳格に守って食事を楽しんでいます。そこでロイヤルホストは、テーブルと椅子の間隔をあえて狭くし、背筋を伸ばして食事ができるような工夫も施しています。こうした細部までブレないコンセプトがメッセージとなったからこそ、ロイヤルホストは今日まで続くブランドに成長してこられたのではないでしょうか。
ターゲットを狭めれば狭めるほど客層は広がる
新規開業を前にして、ターゲットを狭めることに怖さを感じる方もいるかもしれません。しかし、安心してください。逆説的ではありますが、ターゲットは狭めれば狭めるほど、客層を広げることができます。なぜなら、ターゲットを絞ることでメッセージが研ぎ澄まされ、周りのお店との差別化につながるからです。それはターゲットが30代の女性であっても、40代の男性であっても変わりません。磨き上げられたメッセージが価値観への共鳴を起こし、水の波紋が広がるように自然と客層が広がっていくでしょう。
ロイヤルホストのターゲットは「アメリカ、ニューイングランド地方の中流家庭」の方々でしたが、実際に来客されるお客様は、彼らの豊かで暖かいライフスタイルに憧れた日本のお客様です。ターゲットと来店されるお客様は、同じではありません。目指すべきは「価値観の共有」です。
だからこそ、コンセプトを磨き上げるためにも、ターゲットのフォーカスは徹底的に絞ることをお勧めします。「コンセプトに合わないお客様には来てほしくない!」といった割り切りを持って、まずはコンセプトづくりに集中してみてください。それが長く愛される店づくりにつながっていく確実な方法だと思います。
※この記事は、ロイヤルホールディングスのOBであり過去に長年設計施工部門を担当されていた方にインタビューをして作成いたしました。