ラーメンチェーンから学ぶ海外戦略の成功ノウハウ
売上高、営業利益ともに海外事業が国内事業を逆転
人口減少社会に突入し、今後、日本市場はシュリンクしていくことが予想されていることもあり、ここ数年、多くの飲食企業が海外での店舗展開に注力しています。また、日本では人手不足の問題も深刻です。それを解消するため、海外に店舗を出して現地で雇用し、日本国内で働いてもらう流れをつくる飲食企業も増えています。ただ、海外で日本食が人気を集めているため、その競争が激しくなっているのも事実です。そこで今回は、海外展開に成功している企業から、成功ノウハウを学んでいきたいと思います。
数ある業態の中でも、海外展開に成功している企業が多いのが、ラーメンです。中でも、目覚ましい勢いを見せているのが、ラーメン店「一風堂」などを展開する力の源ホールディングスです。同社の海外事業が、コロナ禍が一段落して以降、絶好調を取り戻しています。海外事業の売上高は2023年3月期で117億5300万円(対前年比72.9%増)を計上。100億円台に乗るとともに、初めて国内売上高(114億900万円)を上回りました。一方、営業利益のほうはすでに2020年3月期で国内を超え、2023年3月期には 12.7%というハイレベルな営業利益率をあげています。
また海外の店舗数は、2024年3月期第3四半期末で14ヵ国・142店舗となり、国内の145店舗に3店舗差と迫っています。年度末には逆転している可能性が高いと見られます。ちなみに6年前は国内外の店舗数の差が50店舗以上ありました。
2023年度第3四半期末(2023年12月末)におけるセグメント別、国別の店舗数は〈図表2〉の通りです。タイや中国などアジアの6か国に加え、英語圏ではアメリカとオーストラリアで2桁の店舗数となっています。過去約5年間で増加が目立つのはタイ(+17)、オーストラリア(+8)、マレーシア(+8)、アメリカ(+7)、台湾(+7)といったところです。
力の源ホールディングス(以下、「一風堂」)の業績における海外と国内の「逆転現象」には、諸外国の消費市場が日本に比べ、コロナ禍から早く立ち直ったことと、円安とが影響しています。国内のラーメン市場環境は、まだまだ厳しい状況なのです。2023年度(23年4月~24年3月)には、国内でのラーメン店の倒産(負債1,000万円以上)が63件ありました(帝国データバンク調べ)。これは前年度の2.7倍増で、これまで最多だった2013年度(42件)と比べても1.5倍の大幅な増加です。
倒産件数が激増した最大要因は「コスト増」です。原材料や光熱費が高騰し、そこに人手不足に伴う人件費の高騰も重なり、ラーメン店の利益を圧迫しました。ラーメンは国民食とも言われているだけに、他店と味や価格が比較されやすく、値上げしたくても「1000円の壁」が立ちはだかるのです。そのため、人気チェーンの一風堂ですら、国内事業の営業利益率は23年3月期で5.4%と、海外事業(12.7%)の半分以下となっています。

NY1号店は新業態の「ラーメン&ダイニング」
一風堂は創業者の河原成美現会長が、1985年10月に福岡市内で開業した豚骨ラーメン店として知られています。「女性がひとりで入りやすいラーメン店」という雰囲気を重視して、清潔感があってモダンな内装、BGMはジャズ、といったお洒落な店づくりにこだわりました。そうしたコンセプトによってラーメン店のイメージを一変させ、狙い通り女性客の心をつかみました。一風堂はラーメン店の新たな客層を掘り起こしたのです。
その一風堂の海外1号店は2004年、中国・上海にオープンしました。しかし現地企業とのジョイントベンチャーによって8店舗まで増やしたところで撤退。次いで2008年に米国ニューヨークに「IPPUDO NY」の1号店「イーストビレッジ店」をオープンしました。同店はバーを併設した店舗で、オープンキッチン方式のラーメン&ダイニング業態。日本の一般的なラーメン店のファストフード的な店舗とは大きく異なり、客単価を稼げる店です。
この店が初年度4億5000万円を売上げ、その後も売上げ、利益ともに伸び続けたことで、「一風堂流勝ちパターン」と言える海外戦略が固まったと言えます。同社の海外戦略について、ポイントを挙げていきましょう。

一風堂海外戦略の「必勝ポイント」
①情報発信力の強い都市に最初に出店する
一風堂は創業10年目の1994年、「新横浜ラーメン博物館」に出店しました。それにより、ローカルの人気チェーンだった同社が、一躍全国的な知名度を獲得。情報発信力の強い首都圏で有名になったことで、全国展開が可能になったのです。この成功体験によって、「世界のヒト、モノ、カネが集まり、情報発信力が強大なニューヨークで成功すれば、世界中に出店できる」と同社のトップは考えました。
そのセオリーに従い、翌年にはアジアの旗艦店として、NYと同様の店舗スタイルでシンガポール1号店「IPPUDO SG」を出店。さらに14年にロンドン、16年にパリと相次いで大都市に旗艦店を設けました。
②直営とライセンス契約の使い分け
情報発信機能を担う大都市の旗艦店は直営で出店し、アジアを中心に多店舗化を図る国や地域には、現地企業のライセンスパートナーと契約して店舗展開するという、使い分けを行っています。このライセンス契約は、会社の商号や店舗運営などのノウハウをパートナーに提供し、その見返りとして利用料をもらうという形式です。従ってフランチャイズチェーン(FC)とは異なり、現地の店舗運営に一風堂が関りをもってコントロールしていきます。
③日本のラーメン店の「常識」にとらわれない店舗開発と運営
ニューヨークの1号店「イーストビレッジ店」は、ウェイティング客用のバーを併設したシックでおしゃれな“ラーメン&ダイニング業態”として開発されました。これは、ラーメンがすでに海外でも広く認知されているにしても、日本のようなファストフード的な業態での店舗展開は行わないという考えからです。
従って、海外の店舗では日本よりもかなり高い客単価を見込むことができます。例えばNYの店舗では、席が空くまでバーで酒を楽しんで、席についてからもつまみで酒がすすみ、締めはラーメン。これで客単価は円換算で日本での数倍になるのです。
④日本の「本物のラーメンの味」を忠実に再現する努力
コロナ禍が一段落してインバウンド客が急増していますが、彼らのお目当ての一つが「日本の味」。中でもラーメンを食べた人のほとんどが、その美味しさによる感動をネットなどのニュースで語ります。その多くが目を輝かせながら「いつも(自国で)食べるラーメンと全然味が違う」と話すのです。海外では日本人経営者のラーメン店が少ないため、一風堂と同じこってり味の豚骨ラーメン店はまだあまり見られません。そこで一風堂では、看板メニューの「城丸元味」や「赤丸新味」には現地で入手しにくい豚骨を食肉処理業者から直接入手するなど、「本物のラーメンの味」の提供に努めています。
⑤日本では考えられなかった「配慮」の必要性にも対応
海外では、宗教上の理由で使用できない食材もあります。例えば豚肉が禁忌で食べられない人たちが多い国では、豚骨以外を使用しなければなりません。そこで鶏ガラを使用したスープのラーメンを開発し、同社がアメリカなどで展開しているラーメン専門店「クロオビ」で提供。またベジタリアンの人向けには植物由来の食材で作った豚骨風ラーメンを開発し、ニューヨークの店舗で提供しています。
「本物を守る」ことと「現地化」とのバランスをとりながら、一風堂の海外事業は快進撃を続けていくことでしょう。