居酒屋大手2社に見る業態開発の成功戦略
ここ3~4年で、居酒屋大手は新業態開発に注力しています。新型コロナウイルスの感染拡大により外食業界は大きな打撃を受けましたが、居酒屋市場はコロナ禍以前から縮小傾向にありました。日本フードサービス協会の外食産業市場動向調査は、この傾向を示しています。市場縮小の大きな要因は客数の減少、つまり客離れです。なかでも若者のアルコール離れ、居酒屋離れが顕著です。
コロナ禍は居酒屋の市場環境を大きく変え、GYRO HOLDINGS(以下、ジャイロ・ホールディングス)などは業態ポートフォリオの見直しに着手しました。コロナ禍が業態改革を促進したと言えます。同社とダイナックは、いずれも業態開発に優れた企業です。両社の業態開発事例をいくつか挙げ、それらの狙いや特徴などを見て行きます。
進化する「KIBORI」:2つの新業態店舗
ジャイロ・ホールディングスの事業会社パートナーズダイニングは2023年11月、北海道レストラン「KIBORI」(東京・新宿)のリニューアルし、新業態の「北海寿司と天ぷら すし山 新宿」(6F)と「北海もんじゃ×鉄板しゃぶしゃぶ KIBORI」(7F)としてオープンしました。
「北海寿司と天ぷら すし山 新宿」は、北海道でとれた旬の鮮魚が楽しめる店です。昼夜でコンセプトが異なり、夜は 「北海道の海鮮と日本の四季の素材を少しずつふんだんに」をコンセプトに“おまかせ”を提供。昼は「いい物を少しずつたくさん味わう」がコンセプトで、職人技を生かした華やかで上品な鮨と天ぷらを提供します。
一方、「北海もんじゃ×鉄板しゃぶしゃぶ KIBORI」は、北海道の美食を世界に発信するために、新スタイルの「レストラン×ビアホール」として開発されました。監修は、50年にわたり現地で食と流通の業務に携わってきた北海道ダイニングです。二大看板メニューとして、東京発祥のB級グルメを北海道産の食材でアレンジした「北海もんじゃ」と、北海道産和牛とたっぷりの野菜を使った「鉄板しゃぶしゃぶ」があります。
2021年12月に就任した根本寿一社長は、「新業態の開発で大切にしたのはニーズではなく、時代のシーズを掴むことです。その上で、世の中でありそうでなかったキャッチーなコンテンツを足し、新しい価値を生み出しています」と語っています。
すなわち提供者側の視点で時代を読み、独自性のある魅力的なコンテンツを盛り込んで「新しい価値」を提供するのが、同社における業態開発の方向性なのです。
KIBORIは新規オープン時(2022年11月)に、「日帰りで北海道体験ができるレストラン」のコンセプトを掲げました。店内には1000頭以上の木彫りのクマを並べています。それらのうち100頭は“クマ(クラウド)ファンディング”の一般募集によるものです。
焼き鳥と定食のハイブリッド業態
ジャイロ・ホールディングスの子会社subLime(サブライム)は、2022年11月に炭火焼鳥と定食「カドクラ食堂」の1号店を東京・学芸大学駅そばにオープンしました。「国産骨付き鶏ももの炭火焼」(1309円)や「鶏わさ」などのおつまみ、そして種類豊富なアルコールメニューは、ホッピー(中)が253円、ハイボールが429円と手頃な価格設定です(いずれも税込価格)。
しかし同店は焼鳥居酒屋の単一業態ではなく、「鶏ももの香味炙り焼き定食」(990円)や「炭火焼き鳥丼」(990円)、さらには魚定食も数種類用意したハイブリッド型です。定食は全てご飯(大盛無料)・味噌汁・漬物・日替わり小鉢付き。定食も時間限定ではないため、酒場と食事のどちらの利用にも対応できる業態です。
ダイナックの社運を左右する重要課題
ダイナックは宴会需要に強かったため、コロナ禍で最も打撃を受けた外食企業の一つと言えます。メインターゲットである50代のオフィスワーカーは率先して外食を自粛する立場にあるためです。そのため、新業態開発は社運を左右する重要課題となり、「宴会とターゲットの両方を見直す必要があった」と、2021年9月に就任した秋山武史社長は話します。
そして今後10年先、20年先を見据えて始めたのが、ミレニアル世代やZ世代をターゲットにした店づくりでした。つまり業態開発の重要ポイント1の「得意なターゲット」から逸脱するわけです。従って「得意な商品」にさらに磨きをかけつつ、新ターゲットへのインパクトを強めなければなりません。そうした課題へのアプローチの実際を見ていきましょう。
2022年7月にオープンした本格寿司酒場「鮨ト酒日々晴々」(東京・新宿)。同社のリリースなどでは「味は本格、場はモダン、価格はカジュアル。大人こそ知っておきたい本格寿司酒場」と表現されています。上質で高鮮度な食材と高い調理技術は、同社が培ってきた企業力の粋を集めたもの。
メニュー価格はお奨めの「晴々盛り」(本マグロ漬け、甲イカからすみなど、ひと手間加えたネタの握り5貫)が890円とリーズナブル。今後増やしていきたい若い世代のお客にとっても敷居が高くなく、本格寿司や独創性豊かな料理、バラエティ豊かなドリンクなどが楽しめる業態です。
もんじゃの激戦地にもんじゃの新業態を出店
高感度な人が集まる渋谷で2023年9月にオープンしたのが、もんじゃ酒場業態「元祖海老出汁 もんじゃのえびせん」です。出汁に強くこだわった「唯一無二、秘伝の」(リリースより)海老出汁もんじゃをはじめ、変わり種もんじゃや、定番のもんじゃなど10種類以上のもんじゃがラインナップ。その他、酒場のつまみや数種類のお好み焼きも揃え、食事から飲みまで幅広く使える業態です。またZ世代やミレニアル世代を意識し、見た目に可愛く色鮮やかなデザートやフローズンドリンクなども用意。自分で焼くというもんじゃの食べ方そのものが、若いグループにも好まれると考えられます。
「釣り魚」を提供する独自性の高い業態
ダイナックは2022年4月、東京・日本橋の海鮮居酒屋「魚盛」を、新業態の大衆酒場「釣宿酒場 マヅメ」1号店に業態変更しました。「釣宿酒場 マヅメ」は提携する釣宿や各地の漁港から買い取った新鮮な「釣り魚」を食材とする居酒屋。釣り魚は網で獲られる魚よりストレスが少なく、旨味が強いと言われています。しかし都心に住む人が食す機会は殆どありません。
そこで同社は釣宿や漁港と提携し、釣り魚を買い取ることで低価格かつ安定的な提供を実現しました。1号店オープンにあたり、神奈川や千葉の釣宿が参画。釣宿や漁港から仕入れた釣り魚を始め、地元で食されている珍しい魚種など約20種を390円(税抜)からの低価格で提供しています。刺身以外にも居酒屋メニューを用意。また、一部店舗ではランチタイムに名物の「鯛飯食べ放題」などの定食を提供しています。店舗は現在、首都圏と大阪に10店舗を展開。
ドリンクメニューも多い店で50種類以上と豊富ですが、どの店も2杯目、3杯目が安くなる「どん安」(酒類限定)システムを採用するなど、こちらも安さを訴求しています。