人手不足の採用手法!? ”アルムナイ採用”とは
深刻化する人手不足時代に注目のアルムナイ採用
コロナ禍で、外食業界から多くの人材が離脱をしてしまいました。実際、厚生労働省が発表した「令和4年雇用動向調査結果の概況」によると、2021年の「宿泊業,飲食サービス業」の入職者数1179万5000人に対して、離職者は1270万9000人と、新規就業者よりも退職者が多かった状況があらためて浮き彫りとなりました。その中で、22年の宿泊業,飲食サービス業の入職者数は1682万8000人と大きな回復を見せましたが、その分、人材の獲得競争が激化しているのが現実です。
人手不足の中、多くの企業が人材確保に向けたさまざまな施策を打っています。ここ数年で定着した「リファラル採用」もその一つ。これはスタッフから人材を紹介・推薦してもらう採用手法で、従業員を全員人事に位置付けることで成功した企業もあります。しかし、それだけでは人手不足に対応できないのも事実です。
今後、日本の人手不足はさらに深刻さを増すと予測されています。国立社会保障・人口問題研究所が23年4月に公表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」では、生産年齢人口が減少局面に入っており、今後、今よりも厳しい状況になることが示されています。そもそも15〜64歳の労働の中核的な担い手となる生産年齢人口は戦後一貫して増加し、1995年には8726万人を記録していました。しかし、そこをピークに減少を続け、20年の国勢調査によると7509 万人となっています。32 年には7000万人、43年には6000万人、62年には5000万人を割り、70 年には4533万人と加速度的に減少を続け、人手不足が当たり前の状況になる見込みなのです。
そうした背景を受け注目を集めているのが「アルムナイ採用」です。アルムナイ採用とは、簡単にいうと一度退職した人材を再雇用する採用手法。まだ外食業界には、あまり馴染みがありませんが、金融や商社といった他業界では大手企業を中心に取り組みが進んでいます。
アルムナイ採用が注目される理由
アルムナイとは現役世代の退職者のことを指します。アルムナイ採用は、そうした方と企業がつながり続けることで、双方にとって価値を創出する採用手法のことです。
昨今、大企業でも退職することが当たり前になりました。しかし、中途採用をしようにも水準に達していない人材を雇い入れるわけにはいきません。そこで注目されたのが、退職していった人材です。他社も経験して、自社の良いところも知っている。そんな人材だからこそ、イノベーションを起こしやすいという理由で、その関係づくりに多くの企業が注力し始めています。
アルムナイとの関係性をうまく構築するポイントは、退職する際の対応です。人が足りない中で退職されると、邪険に扱ってしまう気持ちも分かりますが、それでは良好な関係を保てません。退職者のキャリアや人生を理解して、ぜひ気持ちよく送り出してあげましょう。それがアルムナイ採用の成功の第一歩です。ただ注意しないといけないのは、アルムナイとの関係性構築は必ずしも採用を目的としていない点です。関係性の構築を続け、結果として、再雇用につながることもあるという認識を持つ姿勢が欠かせません。
アルムナイ採用に対して、大きな注目が集まったきっかけは経団連です。22年の春季労使交渉に合わせて、経団連は経営側の基本方針などをまとめた「経営労働政策特別委員会報告」を公表しました。その中で、ジョブ型雇用やアルムナイ採用の必要性について触れたことで、大企業を中心にアルムナイ採用を取り入れるところが増えました。特にインパクトが強かったのが、銀行をはじめとした金融機関が取り組み始めたことです。堅い印象の強い業界が、柔軟な姿勢で人材を確保しようとしている姿勢に刺激を受け、一気に他の業界にも広がった背景があります。
そもそも企業の利益率が5%減少したら、大変な騒ぎになります。すぐに原因を探り、後策を講じるでしょう。しかし、退職率が5%上がっても、それほど大きなインパクトを持って捉える方ばかりではありません。しかし人材を資産としてお金に換算した場合、かなりの痛手です。しかも人材が潤沢に採用できていた時代ではないため、その穴埋めを必ずできるとも限らないのです。そうした背景もあり、人材を垂れ流してしまっている状態を改善し、退職者と良好な関係を築く必要性が周知されました。
アルムナイ採用は退職の在り方を変える!?
「再雇用につながらないのなら意味がないのでは」と思うのは早計です。アルムナイは採用できる以外にも、結果的にたくさんのメリットのある採用手法です。アルムナイと良好な関係を築くと、会社の可能性を大きく広げることができます。とある商社では、アルムナイが立ち上げた会社とコラボレーションすることで、新規顧客にアプローチすることができました。また、お店のファンになってもらうことで、良い口コミを広げてくれる効果もあります。会社とアルムナイのニーズが合えば、オープン時のヘルプや週に1回のアルバイトなどもできるでしょう。昨今、人手不足からギグワーカーの活用が盛んです。しかし、どのくらいの能力を持った方が来るのか分からないのが現実。アルムナイなら能力はもちろん、人柄や個性なども分かる上、会社に高いエンゲージメントを持っています。そのため、ヘルプを頼んだとき、顧客体験価値を向上させるサービスを期待することもできるでしょう。
こうしたアルムナイの姿に触れることで、在籍しているスタッフの意識にも変化が生まれます。退職後、自分もそういった関係を築きたいと思い、翌日から急に来なくなるような辞め方をしなくなります。その結果、在籍中のスタッフのエンゲージメントを高めることができ、会社のレベルアップにもつながります。
他の採用手法へも波及効果が期待できる
アルムナイ採用が成功すると、単に人材獲得の動線が一つできるだけではありません。それ以上に採用活動全般において、驚くべき効果を発揮してくれます。
昨今、口コミサイトの評価を参考にしながら飲食店を探すように、その会社に入社すべきかどうか、インターネット上の口コミを参考にして決めることが当たり前になりました。これは「ブラック企業に入社したくない」という心理の表れでしょう。だからこそ、アルムナイと良好な関係を気づくことは非常に重要です。インターネット上に広がる企業の悪評は、やはり退職者が発信元になっているケースが少なくありません。悪評は一度流れてしまったらコントロールが難しく、知らぬ間に求職者の心理に影響を与え、人材獲得の成功を阻害しないとも限りません。
現在、売り手市場のため、求職者は複数の内定を持っています。どちらの企業に入社すべきか迷ったら、悪評の少ない方になるのは当然です。そのため悪評を少なくさせることに成功したら、それが採用の成功確率を上げることになります。アルムナイも、古巣の良さに改めて気づいて、もう一度働きたいと思いやすくもなるでしょう。外食業界では、まだアルムナイ採用を本格的に推し進めている企業はありません。先進的なモデルができたら一気にブランディングができるというメリットもあります。
人的資本経営もアップデートされる?!
人手不足時代となり、これまで以上に人の力が大切になったことで、外食業界でも人的資本経営の必要性が高まっています。アルムナイと良好な関係を築けると、そのネットワークを含めた人的資本経営を行うことができます。何か新しい事業をするとき、アルムナイに声をかけるのはもちろん、退職したときの状況では発揮してもらえなかった力を、企業のステージが上がったことで活かしてもらえるようになることもあるでしょう。人手不足の今、人による差別化が行いながら、新しい発想で企業成長が実現できるメリットは大きいです。