定食屋になぜ3000円のメニューがあるのか?高額メニューがもたらす驚きの効果
飲食店経営の基本公式は「売上=客数×客単価」です。
そして、飲食店の経営状況を判断する際、まず思い浮かぶ指標は目に見える「客数」という飲食店経営者も少なくありません。しかし、客数とあわせてお客さま1人あたりの売上平均である「客単価」も重要な指標です。
顧客数の増加だけでは、客単価が低い場合、売上の伸びは限られ、生産性の低下や経営への圧力が増大する可能性があります。
客単価の調整を支援する効果的なマーケティング手法として「デコイ効果」と「アンカリング効果」があります。本記事では、顧客の心理的効果を用いた飲食店のマーケティング戦略を解説します。
定食屋で3000円のメニューがある理由とは?客単価の重要性について
飲食店での価格設定は、お店のコンセプトや業態、エリアの平均単価や客層などの要素から設定され、基本的にはお店のイメージに合うように設定します。
では、普段使いの定食屋で3000円の高単価メニューがあるのはなぜでしょうか?
「普段使いの定食屋」と言えば、普段から気軽に利用できる1000円以下の価格設定が最適だと思われます。
しかし、実際に定食屋を訪れると客層や普段使いの利用シーンには合わない3000円以上のメニューを見かけます。
一見すると、お店の業態や客層とミスマッチで意味がないように感じる高価格帯のメニューですが、実は飲食店の経営戦略上、重要な意図が隠されています。
飲食店の基本公式「売上=客数×客単価」
飲食店経営の基本として、まず理解すべき公式が「売上=客数×客単価」です。
飲食店など「箱物ビジネス」と呼ばれる小売り・サービス業では、店内に収容できる客数に限界があるため、効率的に売上を伸ばし、売上の最大化を図るためにはお客さま1人当たりの売り上げをアップさせる必要があります。
売上対策を考えるとき、目に見えて分かりやすい客数を伸ばす方向で検討しがちですが、同じ客数でも客単価がアップすれば売上はアップするため、客単価を意識したマーケティング戦略の検討が考えられます。
客単価を調整するためのマーケティング戦略
売上アップを目指す上で、客単価にフォーカスしたマーケティング戦略が重要ですが、客単価をアップさせるためにはどうすればよいのでしょうか?
客単価をお店が希望する価格にコントロールする方法として有効な方法に、「消費者心理にアプローチした手法」があります。
飲食店で活用できる消費者心理にアプローチするマーケティング手法として「デコイ効果」と「アンカリング効果」が有効です。
デコイ(おとり)効果とは?
「デコイ(おとり)効果」とは、「お店が販売したいメニューを消費者に選択してもらうように誘導するマーケティング戦略」です。
お店が売りたいメニューに対して、内容が似ていて魅力が異なるメニューを複数用意して、本命のメニューを引き立たせて消費者が選びやすいように誘導する手法で多くの飲食店が活用しています。
デコイ効果が有効な理由
「デコイ効果」は、人間が生来もっている行動心理を上手く活用したマーケティング手法です。
人間の基本的な行動心理として、何かを選択する際に相対的な価値に基づいた判断をすることが一般的であり、個別の対象が持つ絶対的な価値よりも、選択肢を比較した相対的な違いに注目する傾向があります。
つまり、飲食店でメニューを選ぶ際に、多くのお客さまが複数のメニューを比較して決める傾向があるということです。
さらに、「極端の回避性」と呼ばれる心理が働き、選択肢のなかから中間を選択する性質もあり、飲食店のメニュー選びでは、複数のメニューを比較したなかで料理内容や価格が中間のものを選ぶ傾向もあります。
飲食店では、このような消費者心理を踏まえて「松・竹・梅」「特上・上・並」などの形で、価格や料理内容、品数、ボリュームを変えて3段階のメニュー設定をするケースが多いです。そして、このような三択の場合には中間に設定された「竹」「上」が良く選ばれます。
デコイ効果の有効性は科学的にも実証されています。マサチューセッツ工科大学のダン・エリー博士らが2009年に同校の学生100名に対して「経済誌の定期購読メニューの選択」をテーマに次のような実験を行っています。
ダン・エリー博士らは、英国の経済誌「エコノミスト」の定期購読メニューを複数用意し、どのメニューを選択するかの実験を行いました。
最初は定期購読のメニューを「Web版のみ59ドル」と「Web版+雑誌125ドル」の2種類用意しました。その結果は、「Webのみ59%」の選択者が68%で、「Web+雑誌125ドル」の選択者が32%でした。
次に「雑誌のみ125ドル」という3つ目の選択肢を追加して同じ実験を行ったところ、「Web版+雑誌125ドル」を選択した学生が84%で増え、「Webのみ59ドル」の選択者は16%に減りました。(なお、雑誌のみ125ドルを選択した学生はいませんでした)
この実験結果は、条件が劣る「雑誌のみ125ドル」というおとりになる選択肢を追加すると、「Web+雑誌125ドル」の魅力が増し、購買者数をコントロールし単価アップを実現できることを証明しています。
デコイ効果を活用したメニュー設定のポイント
デコイ効果は、科学的にも効果が実証されたマーケティング手法ですが、飲食店でデコイ効果を活用して客単価をコントロールする際には、どのように活用すべきなのでしょうか。
選択肢を3つにする
デコイ効果のポイントは、売りたいメニューの魅力を引き立たせ、複数の選択肢のなかで中間のものを選びたいと言う消費者心理にアプローチする点です。
そのため、売りたいメニューの「引き立て役になるメニュー」を複数用意する必要があります。その際、設定するメニューの選択肢の数は3つが最適です。
選択肢の数は、3つ以上では選択肢同士の違いが明確にならず、お客様が選びにくくなり、2つだとマサチューセッツ工科大学の実験からもわかるように安いメニューに流れてしまいます。
価格の割合は5:3:2
3つの選択肢に対する価格の割合は5:3:2程度が最適とされています。
これは、前述の「極端の回避性」から、中間の商品を選択する消費者の行動心理を反映した価格設定のベストバランスです。
商品内容の差を明確にする
3つの選択肢の内容は、消費者が選択しやすいように明確な違いを作るようにしましょう。
価格差と比例した内容の差をつけることで中間商品をより選びやすい状況を作ります。
定食屋で例えると、梅は「焼き魚単品600円」竹は「焼き魚+ごはん・汁物・小鉢の定食1200円」松は「焼き魚定食+お刺身3品・ドリンク・デザート付き3000円」のように品数や商品グレードの違いを明確にします。
アンカリング効果による判断基準へのアプローチ
「デコイ効果」と同じく、消費者の行動心理にアプローチするマーケティング戦略に「アンカリング効果」があります。
「アンカリング効果」とは「最初に与えられた情報や数字、条件が判断基準となり、無意識のうちのその後の判断が影響されてしまう『認知バイアス』のひとつ」です。
「アンカリング」とは、船を港などに停泊させる際に使用する「アンカー(いかり)」のことです。
ビジネス領域では「最初に提示する価格や条件」が「アンカー」となって消費者の判断基準が固定され、その後の判断がアンカーに引き寄せられてしまう心理現象をさします。
飲食店で高単価メニューを用意する背景にアンカリング効果を意識したマーケティング戦略があります。
店頭メニューや店内ポップ、メニューの冒頭ページに比較的高単価なメニューを提示することで、お客さまの判断基準を高めに調整する狙いがあります。
デコイ効果やアンカリング効果の注意点
デコイ効果やアンカリング効果は、客単価を意識した飲食店経営のマーケティング戦略として、客単価を調整する有効な手段です。
しかし、デコイ効果やアンカリング効果など高単価メニューを活用したマーケティング戦略が常に正解ではありません。
お店のコンセプトやエリアの客層を無視したマーケティング戦略は、客単価を調整する以前に、客離れを起こすリスクがあり危険です。
マーケティング戦略は、エリア環境やお店の状況にあわせて選択する必要があります。
適正価格の範囲内での価格設定を心がける
お店のコンセプトや業態、メニュー内容を踏まえて適正な価格設定をした上での高単価メニューの準備が必要です。
また、高単価メニューを設定する際には、設定した価格に見合った内容のものを提供しましょう。
ターゲットとする客層や業態に合わせたマーケティング戦略をとる
ターゲットとする客層やお店のクオリティから逸脱した客単価設定は避けましょう。
客単価を上げることだけが正しいマーケティング戦略ではありません。業態によっては単価を下げて客数を伸ばす戦略や来店頻度を上げる戦略も有効です
飲食店経営の基本公式は「売上=客数×客単価」です。
そして、飲食店経営を安定させるために重要な販売促進のポイントは、客数アップと客単価アップの両輪を上手く回すことです。
しかし、売上アップを目指す場合、目に見える客数に意識が向きやすく、販促策も集客アップを目的とした値引きだけを考えてしまいがちです。
値引きによる販促策は、一時的な集客増には繋がりますが、価格を戻すと客数も減るため値引きをやめられず、客単価を下げてしまうリスクが伴います。
そこで、中長期的に売上を維持するための客単価を意識したマーケティング戦略の一つとしてです。「デコイ効果」と「アンカリング効果」をご紹介しました。
安易な値引きだけに頼らずに、エリア特性やお店のコンセプトなどを意識した戦略的な価格設定を支援する、消費者心理を利用したマーケティング手法を取り入れてみてはいかがでしょうか。